お手元の風船をお取りください

『お手元の風船をお取りください』

変だけれど妙に嬉しい看板だった。確かに周りを見ると赤、白、黄色と色とりどりの風船が宙に浮かんでいる(そういえばしばらくチューリップを見ていない)。ここから選んでいいということだろうか。ど、れ、に、しようかな、神様の言うとおり!指は緑の風船を指していたけれど、それを手に取る気にはなれなかった。神様の言うことを聞く気なんて最初からこれっぽっちもないのである。風船だらけの空間を歩きまわりながら、体に触れる風船の感触を楽しんでいく。

……はい、決めた、決めました。やはり風船といえば赤じゃないでしょうか。つやつやの赤い風船を手に取って満足気に眺めていると、後ろから女の子がやってきた。女の子は看板をじっと眺めると弾かれたように走り出した。そしてピンク、水色、オレンジ……と軽やかに風船を手に取っていくのだった。これは衝撃だった。確かに1つしか選んじゃいけないとは書いていなかった!さっき赤と迷ったけれど青だって選んでよかったのだ。

気がつくと女の子の両手にはたくさんの風船が集まっていた。なんてほがらかに欲張りなんだろう。そういう気持ちの良さが私も欲しかった。そう思うとなんとなく今持っている赤い風船がつまらなく見えてきてしまう。風船といえば赤だなんて決めつけてしまってさ。女の子はとっくにいなくなっているのに、新しく風船を取ることもその場を立ち去ることもできなかった。未練がましく風船の紐を引っ張って遊ばせていると、どこからともなくアナウンスが聞こえてきた。

『時間切れです』

ぱちん、ぱち、ぱちぱちぱちん。あ~あ。こんなことなら……。こんなことならどうしていれば良かったんだろう。分かっているのは自分はつまらない人間ってことだけだった。